
二十四節気の第九番目、「芒種(ぼうしゅ)」は新暦の6月5日〜20日頃の時期、
それをさらに分けた七十二候の第二十五候、芒種の初候6月5日〜9日頃を「螳螂生 (かまきりしょうず)」というそうです。
写真は昨日、アトリエに着くと玄関前で咲いているヒルザキツキミソウの中で小さなファイティングポーズをとって確かにいました。

カマキリの卵鞘は冬の間にいくつか見かけてましたが、記憶にあったクロガネモチの生まれた後の様子を確認。

生まれたのは数週間前でしょう。私の観察記録では5月には生まれていることが多いです。

▲2017年5月6日
▼更に昔、誕生の瞬間に立ち会えたときの記録

2004年5月25日
9:45。快晴。カラッとしたいい天気。ここにアメリカフウロの事を書こうと思い庭に出ると、花は終わっているものが多くていい被写体が無い。又にしようと戻りかけてふと思いだした。冬枯れの季節に見つけておいたユキヤナギの枝についたカマキリの卵鞘。
何日か前にカマキリの子を見つけたので、もう生まれちゃったのかと確かめにいくとユキヤナギのそれではなかった。絶対に生まれるところを見ようと一ヶ月ぐらい前から気にしていたカマキリの卵。
生まれていた。いや生まれている。
ニョロニョロのような格好で次々と抜け出し、しばらくするとカマキリらしい形に脱皮し順々に歩き始めている。すでに50匹ぐらいがユキヤナギの枝に散らばった頃、彼らの動きが一斉に止まった。アリだ。一匹のアリがやってきた。形を整えたカマキリを見過ごし、卵鞘に近づいてくる。狙いは頭だけだしたニョロニョロだ。去年カマキリの子をゴミと間違えて掃除機で吸ってしまった私としてはカマキリに加勢したいところだが、グッとこらえて見守っていると、アリは仲間を増やしてニョロニョロの略奪を遂行していく。
恐るべし弱肉強食の世界。野生の大国!
しゃがんで見守ること約一時間。奪われていくカマキリの赤ちゃんに胸を痛め、3日前に自宅の軒から取り除いたアシナガバチの巣の中にいた数匹の幼虫のことを思い出して、さらに心を悩ましているさ中、寄ってくる蚊を4匹タタキ殺し、足下の気になるメヒシバとカタバミの若葉を次々と抜き、気がつけばゲンノショウコを踏み潰している悟りには程遠い私でした。それにしても今日はヒマで良かった。

台風で現場仕事ができなかった昨日、デスクワークに勤しみながら倒れゆくアナベルを見守っていました。
半分ぐらい倒れて起き上がらないかと覚悟してましたが、、ひと枝折れて、細いところが数本横倒れになった程度で見た目ほぼ無傷で済んだようです。良かった。

▲昨日の様子
シンボルツリーはアナベル、と幾度かうそぶいてますが、
デスクワークの手を休めて、写真のように俯瞰して庭を眺めるのが私の楽しみ方。
このアングルに特化して、黒い石とアナベルを焦点にした風景を描いてます。

他のアジサイと違うのが、春から伸びた枝にも花芽をつけること。
なので、花後に急いで剪定する必要はなく、晩秋からのドライフラワーの姿を冬まで楽しんで、春先に伸びすぎた枝だけかるく切って程よいボリュームにしています。

▲3月の様子
折れた花は室内に。
雨風から守られると、よりキレイなドライフラワーに移り変わって長々と楽しめます。


ドクダミがキレイな季節です。
侮れないのは、油断してると増えすぎて困るという話もありますが、その美しさももっと評価してよさそうです。

濃緑葉と白い総苞のコントラストが梅雨直前の曇天によく似合います。
難点は葉茎を切ると発する臭いと、可愛くない名前と?増えすぎて一面ドクダミの風景が小さな庭では受け入れ難い?ことでしょうか。。
ドクダミの葉姿も、他の草木の中に混ざってあるとキレイだなあと、今日改めて観察しながら思いました。
どこから出てくるかわからないところも、庭に自然味を加えてくれる好材料です。

昔知人に頂いた八重の品種も混ざっていますが、キリッとした十字の一重咲きと微かにうねる葉茎との絶妙なバランスとリズムが見ていて飽きません。

この庭では、花が終わってから気になった時にほとんど抜いて、春出てきた芽も半分ぐらい抜いて、この季節にある程度の花を楽しめるように残しています。
といっても、季節にかかわらず気が向いた時にだけやっているかなりいい加減な作業ですので、そんなに大変ではありません。
むしろ、ほとんど抜いても必ず出てきてくれるのは最早いいところと思った方がいいのかも。

生まれたてのカマキリが花に近づいていました。