
ツユクサは朝
たまに早朝の散歩などを実践すると、澄んだ空気のなか、花の少ない草むらで映える小さな青がうれしい
お昼には花を閉じてしまって、小学生の下校の頃にはただの路傍の草となる
長く茎を伸ばして増殖し生い茂る雑草然とした姿はよろしくないが、ひょんなとこからヒョひょんとでてくる数えるほどの青がいい
春の終りから咲きはじめる、ツユクサの花期はとびきり長い
梅雨を越し、猛暑を越し、秋涼の朝に一層輝く
ツユクサは秋

ようやく秋でしょうか。
庭でホッとできる季節がやってきました。
今日はしっとりとした「つむじ」で、来春の竣工に向けた打合せ。
秋のうちに相応しい材料を選んで来春に備えられれば憂いなし。
そんなイメージを共有できて、清々しく庭づくりスタートです!


秋がきてペースも上がっていきそうです。


関本竜太さん(リオタデザイン)との協働も20件を超えてきましたが、関本さんの建築計画に合わせて植栽してきた草木の半分ぐらいは、街並みに向けて植栽しているようです。

昨日造園した三鷹の家でも、小さな前庭は街路から見る庭のようで、住まいの一部でありながら街路の一部のように仕上がりました。


塀で街路と区切られる家と違って、街路がより生活の一部になり、そこに愛着を感じる人が増えて、そうして街並みが美しくなっていく。
最近、たまたま建築家芦原義信さん著の「街並みの美学」他数冊を読み返していたところでした。
半世紀近く前の日本の街並みに対する問題提起でしょうか。イタリアのドライな広場への偏愛も感じる本ですが、万年塀やブロック塀で家も庭も囲われた単調で無表情な住宅街への考察があります。
半世紀ほど経って、変わっている街並みもあるかもしれませんし、遅々とした変化で未だに退屈な街並みが多いのかもしれません。
ただ、小さな作業の積み重ねでも、街並みを美しくするための仕事に関われていることが嬉しくもあり、誇らしくもあると、読了直後の造園完了後に感じています。
まだまだこれからどんどん豊かな街並みが増えていくだろう可能性は感じています。